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運送業様向け 「割増賃金対応」~歩合給の効能~

残業代問題の現状

最高裁の集積によってルールが明確化してきている(国際自動車第2事件)

 国際自動車第2事件は2020年に元従業員が起こした未払い残業代に関する裁判です。国際自動車の賃金制度では、歩合給から割増賃金を控除させる仕組みであり、「売上高が同じである限り、時間外労働をしてもしなくても、賃金は同じで、内訳として歩合か割増金になるかが異なるだけ」という制度でした。

 この制度は最終的に、最高裁にて当該控除方式の割増賃金の支払いは無効と判断され、後に会社側が約4億円もの和解金を支払う事で合意となりました。

 

労基法の改正により、賃金請求権の時効が延長

 労基法における賃金請求権の消滅時効が改正民放と同様に5年に延長されます。現在は経過措置として3年分の提要を受けていますが、今後更に延長されることが想定されます。このことからも未払い残御題問題に関わるリスクは大きくなっていると言えます。

 

統計からみる未払い残業代問題のリスク

(1)厚生労働省統計「監督指導による賃金不払い残業の是正結果」より

この金額自体が経営に大きな影響を与えます。また、実際に是正が行われた場合、その後の労使関係の構築にも難儀することが多いです。

(2)裁判所統計より

 労働訴訟の新受件数は3000件超、労働審判も3500件前後と高水準で推移していることが分かります。また、類型割合としては賃金(残業代等)が43%、地位確認(解雇等)41%、その他(ハラスメント他)14%と「賃金」の割合が高いです。

 (1)、(2)から、残業代問題の件数の多さ、金額のインパクトの大きさが分かります。また、上記統計は氷山の一角で、統計に出ない紛争(当事者間の解決や代理人レベルで解決)はさらに多いと言えます。

 

運送業に残業問題が生じやすい3つの理由

先に述べた通り、残業代問題は多くの業種で課題となっていますが、中でも運送業において訴訟となるケースが多くみられます。その理由について解説いたします。

①長時間労働

 長距離運送や渋滞、荷主庭先での長時間の荷待・荷役などにより長時間労働が起こりやすい環境です。トラックドライバーの年間労働時間は、全産業平均と比較して、大型トラック運転者で約1.22倍、中小型トラック運転者で約1.16倍となっています。また、その負担から脳・心臓疾患の労災申請も業種トップとなっています。

②エビデンスが「豊富」

 他業種に比べて労働実績を評価するエビデンスが非常に多彩に存在しています。

例)タコグラフ・業務日報・運転日報・アルコール検知記録・高速道路の使用履歴等

③制度

 ドライバーの手当は多岐にわたっているケースがあります。(無事故/解禁/資格/常務)また、変動給/歩合給の比率が高い業種です。このような状態によって歩合給と割増賃金が混在してしまっている等、雇用契約書・就業規則・運用等に課題が見られる場合があります。

 

判例から理解する割増賃金のポイント

上記のような割増賃金に関する制度上の問題点は訴訟のリスクに直結しかねません。

ここからは判例より、制度上のポイントを解説いたします。

 

割増賃金の原則的ルール

 残業代は次のようにして求められます。

残業代=基礎単価×割増率×時間外時間数「既払≒固定残業代」

 労基法37条は、時間外労働に比例して所定の割増率の一定額以上の割増賃金の支払い義務を示しています。ただし、所定かそれ以上の割増賃金が支払われている限りは、同規定の計算方法をそのまま用いらなくても良いとされています。

 

明確区分性と対価要件が必要(裁判例①:高知県観光事件/最判平成6・6・13)

 歩合給における基本給組み込み型の事案です。賃金は揚高(売上高)に一定率(42%~46%)を乗じた金額とされており、時間外労働に対して別途支給はありませんでした。会社側は歩合に割増賃金を含んでいると主張しました。

 しかし、最高裁にて「通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできない」ため会社側に割増賃金の支払い義務があると判示されました。

 この判例から定額残業代と歩合給の有効性について、明確区分性及び対価要件が必要であることが分かります。

歩合給における基本給組み込み型の事案です。賃金は揚高(売上高)に一定率(42%~46%)を乗じた金額とされており、時間外労働に対して別途支給はありませんでした。会社側は歩合に割増賃金を含んでいると主張しました。

しかし、最高裁にて「通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできない」ため会社側に割増賃金の支払い義務があると判示されました。

この判例から定額残業代と歩合給の有効性について、明確区分性及び対価要件が必要であることが分かります。

 

事前の合意があっても明確区分性が無ければ、割増賃金支払いが認められないケースがある(裁判例②:医療法人社団康心会事件/最判H29・7・7)

 この事案では、医療法人と医師との間の雇用契約において時間外労働等に対する割増賃金を年俸に含める旨の合意がされていましたが、当該年俸のうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分が明らかにされていませんでした。

 この場合、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することが出来ないという事情の下で、当該年俸の支払いにより、時間外労働等に対する割増賃金が支払われたという事は出来ないと判示された事件です。

 「年俸に含める合意」があった事案であるにもかかわらず、明確区分性の観点からこの判示がなされたことで、さらに「固定残業代を用いた制度は厳しい」という声が高まりました。

 

実際の状況も判断において多分に影響する(裁判例③:日本ケミカル事件/最高裁H30・7・19)

 規定への記載内容、実労働時間との乖離の低さから明確区分性、対価性が肯定され、支払い有効となっています。

 この判例は、雇用契約において、ある手当が時間外労働等の対価として支払われているか否かは、雇用契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断するという枠組みが整理された判例です。

 

割増賃金の観点から見る歩合給制度

ここからは運送業において多い、歩合給と固定残業代、割増賃金について解説いたします。

 

歩合給制度

 一般に、「一定期間の稼働による売上高等に一定の歩合を乗じた金額を給与」とする、いわゆる出来高払制度です。運送業では特にドライバー職で採用が多い制度となっています。

 従来は、完全歩合給制が多くみられましたが、人材難や多様化、ワークライフバランスなどの流れで「固定給+歩合給」の混合型が現在のトレンドとなっています。しかし、この「固定給+歩合給」という制度における雇用契約書・就業規則・運用等に課題が見られる場合があります。

 

歩合給のメリット

①成果に連動する事でインセンティブ・モラルが確保される

②残業代計算上、基礎単価が低額になる

 割増率は1.25ではなく0.25で足りるため。

例) 所定労働時間8時間、一か月の所定労働時間176時間、総労働時間216時間

・基本給20万円。売上高は176万円。歩合給は売上高の10%

基本給部分の基礎賃金=20万円÷176時間=1136円

基本給部分の割増賃金=1136円×1.25×40時間=5万6800円(ア)

・歩合給部分の基礎賃金=176万円×10%÷216時間=814円

歩合給部分の割増賃金=814円×0.25×40時間=8148円(イ)

合計時間外割増賃金=(ア)+(イ)=6万4948円

→総支給額=基本給20万円+歩合給17.6万円+割増賃金6万0870円=44万0948円 

cf基本給のみの割増賃金=37万6000円÷176時間×1.25×40時間≒10万6818円

→総支給額=37万6000円+ 10万6818円=48万2818円    差額=4万1869円

 

歩合給該当性

 そもそもそれは歩合給と言えるのか?という点が過去の判例からもポイントです。

「一定の成果に正比例して支払う賃金といえるか」が重要と言えます。

・歩合給が否定された判例(丸一運輸事件 東京地判H18・1・27)

 一部のドライバー職への給与を完全歩合(業績給与)としていましたが、実態は業績給与がプラスとなる余地がほぼなく、一定の保障額を支払う状態でした。会社は歩合給による残業代計算を主張していましたが、裁判所は「歩合給が機能していない」とし、通常の計算を適用するとしました。(保障額÷所定労働時間数×1.25×時間外労働時間数)

→実務として、歩合給がほぼ発生しない計算式は採用を控えるべきです。

 

歩合給の枠組みを整理する(国際自動車最高裁より)

上記の歩合給該当性を始めとして、歩合給と割増賃金の関係性は最高裁においても議論がなされています。最新の判例である国際自動車最高裁を紹介いたします。

 

国際自動車第1次事件/最高裁H29・2・28

割増賃金の額が歩合給の減額につながるという仕組みに対しての裁判

第1審、第2審では、「売上(揚高)が同じである限り時間外労働をしてもしなくてもトータルの賃金は同じであり、法37条(割増賃金の支払い)の規制を潜脱するものであり、公序良俗に反して無効」と判示されました。

しかし……

最高裁:

「労働基準法37条は、労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかを規定していない。よって、労働契約において売上高等の一定割合に相当する金額から同条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨が定められていた場合に、当該定めが当然に同条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し無効であると解することはできない。」

⇒無効ではないと判断されました。

 

国際自動車差戻審/東京高判H30・2・15

・被告の賃金規制においては、通常の労働時間の賃金に当たる部分と法37条の定める割増賃金に当たる部分とが明確に区分されている事

・歩合給は労働の成果で去る売上高に応じた一定割合の金額を報酬とする賃金制度である。労働の効率性を評価に取り入れて、成果の獲得に要した労働時間によって金額が変動する元として成果主義的な報酬設定となっている事

以上の2点から、やはり当該制度は公序良俗に反しておらず、適法と判断されました。

 

国際自動車事件/最判R2・3・30

 令和2年の最判では割増賃金の額がそのまま歩合給(Ⅰ)の減額につながるという仕組みは、当該揚高を得るに当たり生じる割増賃金をその経費とみたうえで、その全額をタクシー乗務員に負担されているに等しいとし、労基法37条の趣旨に沿うものとは言い難いと判断しました。

 また、当該制度は実質に於いて、歩合給(Ⅰ)として支払う事が予定されている賃金を、時間外労働等がある場合には、その一部につき名目の身を割増金に置き換えて支払う事としていると判断され、無効とされました。

 

所感

(1)歩合給導入の有効性

 歩合給の割増計算は相当定額となるので、割増賃金対策としての有効性は明らかです。

(2)有効無効の判断枠組みは整理されてきてはいる

明確区分性・対価性が認められる事が大前提です。

 ただし、国際自動車第2事件の付け加えとして「・・・その判断に際しては、当該手当の名称や算定方法だけでなく、・・・37条の趣旨を踏まえ、・・・賃金体系全体における当該手当の位置づけ等にも留意して検討」としました。すなわち、実態に基づく価値判断が判断材料にかなり入ったと言えます。

(3)混沌感は否めない

 国際自動車第1次では、割増賃金を部内旧計算で引く事自体が無効ではないとしました。しかし第2事件では、37条の趣旨を強調し、控除することを「経費扱い」として否定的に捉えたうえで、区分性を欠くとして無効としました。

その前後の下級審は結論が割れており、混沌感も否めません。

 

歩合給制度の設計と導入のポイント

上記のように混沌感の否めない中、どのような制度を如何にして導入していくべきか解説いたします。

 

良くない例

・歩合給と時間外割増が区分されていない

・時間外と歩合給の引き算が完全一致

 

制度設計上の留意点

①最低賃金を下回らない

②保証給の設定

時間ごとのミニマムを設定し、それを「歩合給」(最低歩合)として支給

*一部歩合・完全歩合給の良し悪し

一部歩合+残業手当未控除はほぼホワイト。ただし、賃金増額につながります。

完全歩合:現時点で明確な最高裁判例は出されていません(NGとした例もない)

 

歩合給導入上の留意点

・不利益変更・合理性

賃金設計や給与内容が変わる場合の説明には合理性が必要です。

・激変緩和措置

当面は100%かそれに近い保障を取る事でトラブルを防ぎます。2~3年程度の移行期間が望ましいです。

・不利益変更・合理性

賃金設計や給与内容が変わる場合の説明には合理性が必要です。

また、将来の変更を想定する上で、就業規則型をとるのか、個別労働契約書型をとるのかという点も留意点です。変更手続きや矯正変更力に差異があります。

 

実際の導入手順

・就業規則・賃金規定・雇用契約書・雇用条件通知書・給与明細・作業明細等の表記を見直し、整備します。

データ収集とシミュレーション→意思統一→社員説明会→改訂→検証

この際、上記の不利益変更を伴う場合も多いため、合理的かつ理解を得られるような工夫をし、説明の手順も丁寧に行って下さい。

・手取り賃金の減少

制度設計上、出来れば避けるべきです。難しい場合は他の特典(賞与、退職金、休日など)と組み合わせ、バランスを取ることが肝要です。

・原資

非正規との手当格差の議論もあり、固定残業代や歩合給と共に他の手当との統廃合による原資確保も検討事項となります。(同一労働同一賃金問題や高年法対応も一緒に)

 

未払い残業代請求をされた場合の対応方針

次に未払い残業代請求をされてしまった場合の実務対応に関して、解説いたします。

「残業代問題の現状」でも述べた通り、近年では未払い残業代問題における企業側のリスクは高まっています。

 

理想的な解決方法(個別紛争解決)

上記の表のとおり、「ステージ」が上がると解決コスト(キャッシュ・時間)が上がります。早いステージでの合意解決に勝るものはありません。

 

そのため以下のような対応を推奨いたします。

まず(A)社内での解決を図る(勝訴見込みが高くないときほど)

代理人が就かない状況での解決がベスト(解決水準等)

根も葉もないような場合を除き、「代理人の登場」を強調する必要はない(「こちらも代理人(もしくは労基)」となる可能性が高くなる

*紛争の本質は「適切な」コミュニケーション不足(≒パワハラ)。適切なコミュニケーションをとって、無血(キャッシュアウトなし)で解決のことも少なくない。

(B)代理人が就いた場合でも、「見立て」に基づき早期合意解決が基本(守秘義務条項付) 完勝にこだわるとリスク増

(C)労働審判や(D)訴訟まで発展した場合でも、和解解決が基本

 

まとめ

(1)近時の最高裁の集積による外延の明確化とNG例

平成24年以降、最高裁が連続して出され、割増賃金に関するルールが相当程度明確化されています。

固定残業代については、日本ケミカル最高裁が筆頭です。

歩合給については、国際自動車第2次事件により、一定のルール、枠組みが示されました。

 

(2)歩合給の効能

分母(総労働時間)と掛け率(0.25)が違う点は、基礎賃金算出に当たって大きなメリットとなります。(一桁~二桁違う金額となる)

注意点
①歩合給該当性で否定されないように注意
②「割増賃金分を引くこと」は相当慎重に(労基法37条趣旨・経費扱い➡区分性欠く)

完全歩合
①最低賃金、②保証給、③激減緩和、④将来の変更の余地、に注意

(3)問題発生時の対処

民法改正により、重大問題化は不可避です。(時効期間3年。今後5年へ)

反論の構築と、早期に狭い範囲で解決することがポイントとなります。

➡納得感と法的裏付けのある賃金設計が最大の予防策

 

運送業の皆様へ

 運送・運輸業界は社会に欠かせない重要なインフラを担っています。

 もっとも、業種柄、景気の影響を直接的に受けやすく、規制緩和と強化の波もあり、そのとりまく環境は日々変化しています。その上、社会的なコンプライアンス意識の向上のもと、厳格な労働時間規制、休息時間等の労務管理の徹底や運転時間の限度が要請される等、人事労務の問題、蔓延するドライバー不足、多段階下請構造等、様々な課題へ対応していかなければなりません。リーガルでも、2020年4月1日施行の民法改正、労基法改正、同一労働同一賃金、無期雇用への転換、働き方改革関連法案への対応、固定残業代制と歩合給の問題、事故賠償(求償の問題)、人身賠償における定期金賠償の問題等、法令のみならず、重要な最高裁や新たな問題への対応を迫られる業界でもあります。

 当事務所では、従業員の労務問題・企業内のマネジメント、荷主や協力会社との契約書のリーガルチェック、行政対応、交通事故・損害保険、労働災害等に関するご相談を、迅速かつ適切に行うべく、運送・物流会社経営層向けのサービスを提供しています。

 

当事務所の支援内容

赤枠内が本記事のテーマに関するご支援内容となっております。

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固定残業代問題や歩合給制度など、お悩みの際には無用なトラブルが発生する前に是非ご相談ください。