長時間労働と法改正・社会状況
1.長時間労働に関する近時の流れ
近時の流れを把握をする上でキーとなる事例
2つの「電通事件」
①電通事件(第1事件最判平成12年3月24日判決)
1991年8 月 入社2年目男性社員が長時間労働の結果、うつ病自死
「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法65条の3 は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが、それは、右のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務止の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。・・・安全配慮義務のリーディングケース
②電通事件(第2事件 2016年~2017年)
・2015年4月 入社(デジタル・アカウント部配属)
・2015年12月25日 過労自死
・2016年9月 労災認定
・2016年10月7日 遺族記者会見(労災認定)
・2016年10月14日 労基署立入調査(抜き打ち)
→11月7日強制調査(家宅捜索88人)
・2016年12月28日 書類送検(上司、法人)→社長辞任発表
・2017年7月 略式起訴(法人)→簡裁が公判開催決定→
・2017年9月22日 初公判(交代後の社長出頭)
・2017年10月6日 判決(罰金50万円)
■電通事件
第1事件・第2事件に共通
・いずれも1 か月に100 時間を超える長時間労働や徹夜、休日労働が繰り返されていた
・第1事件の当時は労働時間の記録が行われていなかった
第2事件では入退館の記録があったが、労働時間記録と矛盾
36協定:上限月70時間(特別条項100時間)
自己申告(70時間以内)≠フラッパーゲート(100時間超)
・・・中抜き(働いていないことにする)
私事在館(自己啓発、忘れ物)
・労働時間の不十分な把握
・上司の言動(ハラスメント)も相まって自死の結果
<cf2014年是正勧告(関西支社。長時間労働)>
<2015年8月是正勧告(同)>
過去にも、そして、直前にも是正勧告。にもかかわらず発生した事件。労働時間の把握の重要性
長時間労働規制に関する最近の行政の動き
・2016年10月19日 安倍首相 「働き方改革に関する意見交換会」で電通事件に言及
・2016年12月26日 「過労死等ゼロ」緊急対策決定
・2017年1月20日 「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(適正把握ガイドライン)
従来:平成13年4月6日付基発第339号労働基準局長通達「労働時 間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」の改訂
社名公表(数百の社名公表が日々続いている)
・2017年3月13日 時間外労働の上限規制等に関する労使合意
労使のトップ間合意
・2017年6月5日 時間外労働の上限規制等について(建議)
・2017年9 月15日 働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案要綱
・2017年9月28日 衆議院解散
(1)適正把握ガイドライン
1 趣旨
自己申告制の不適切な運用等に伴う、過重な長時間労働や割増賃金の未払い問題への措置 4.6通達アップデート
2 適用範囲
事業所:労基法のうち労働時間規定が適用される全ての事業所
対象労働者:適用除外者(労基法41条、みなし労働時間制適用者)を除くすべての者。ただし、適用除外者についても、健康確保を図る必要から適正な労働時間管理を行う責務
3 考え方(新設)
①準備行為や後始末を事業所内において行った時間
②手待ち時間
③参加が義務付けられた研修等を労働時間として扱う
4 講ずべき措置
労働時間の認定と把握を厳格化
>管理しなければ守れない 危険も予知できない(電通事件)
・実務への定着の可能性(残業代訴訟を含め)
・本来、適正把握義務の相手は誰か?
本来、労基法32条は、罰則を伴う義務で、国に対する公法上の義務
・特に「考え方」について、表面的な表現の一人歩きの可能性
・「在館主義」をベースに、労働時間が際限なく広がる可能性
・就業規則等に明記がない場合、争いが生じた場合、裁判所が採用しやすい
・経営法曹2017.5.20濱口桂一郎氏(労働政策研究・研修機構労働政策研究所所長)発言:
「時間外手当が支払われるべきなのかそうでないのかという問題と、それ以上働かせたら倒れてしまうような働き方をどうするかと問題がごっちゃになっている感じ」
実務上の対処
→①労働時間の把握
・「労働の場所にいる時間」
→在社時間をまず把握
→在社時間の内側に労働時間が原則
時刻で把握 入と出の時刻をまずは把握
例:7時に入社 9時始業 何しているか? 朝残業?
在社時間と労働時間に矛盾がないか、確認
→② 「労働時間」該当性
- 「3 考え方 ア 準備行為」
判断に迷うことも少なくないが、裁判例では「義務付け」に重点着目
例:制服への着替え時間
制服が必須か、そうでないか
cf 原発作業員
どこで着替えてもいい(バスの中でも)
労働時間にあたらないという中労委判断
- 「イ 手待時間」
例:日曜(非出勤日)に10分間クレーム処理
例:週末の上司からのメール
「月曜開封」と付けている会社も
- 「ウ 研修・教育訓練、業務に必要な学習」
「勉強」は労働か? (電通第2事件では勉強が多かった)
裁判例では、在社、かつ、業務に密接で、業務にしか活かされないのであれば労働と認定されやすい
(2)労基法改正に向けた動き
- 2017年3月13日 時間外労働の上限規制等に関する労使合意
「過労死」基準の1か月100 時間、2 ないし6 か月平均80 時間を超えることを罰則付きで禁止することを立法化で労使代表合意(経団連、連合)
現状 「基準」 、罰則なし(ソフトロー)→ハードローへ
- 36協定の上限時間の変更
通常月45 時間、年間360 時間
特別条項で1か月100 時間未満、2 ないし6 か月平均80 時間未満
(休日労働含む)
年間上限720 時間
*労基法32条と36協定の時間把握は異なる
- 規模による適用除外:なし
- 業種による特例:適用除外自動車運転業務、建設事業、新技術、新商品等の研究開発の業務、厚生労働省労働基準局長が指定する業務、医師(5年間の猶予)
その他
- インターバル規制
- 高度専門職ホワイトカラーエグゼンプション導入を含む労基法改正も成立予定
過去に不成立の経過あり不確定だが、方向性は示されている
*参考 「働き方改革」
安倍政権 「雇われない働き方」: フリーランス アライアンス
「雇用契約」でなく「業務委託契約」?
cf:労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準
(37告示)
①拒否権
②指揮命令
③労働時間管理
④時間単位でなく出来高単位
⑤他の者への交替可能
⑥機械・器具は自分持ち
- 現状の現場:報酬固定、徹夜、連続勤務、請負なのに出退勤にうるさい
- 裁判所:脱法的な事案は救済されない
(3)「中小企業」にとって長時間労働問題
社長)「電通事件」を聞いて
- 「過労? 大企業の問題でしょう」「いやならやめておしまいでしょう」
- 「裁判まではしてこないでしょう」
- 「残業代をちゃんと支払ってたら会社がつぶれますよ」
①採用への影響(特に新卒)
例)株式会社i-plug
【調査結果レポート】
2018年卒就活生対象
『働き方』に関する意識調査
調査地域:全国
調査方法:インターネット調査
対象者:2018年卒予定の大学生
(男性459名、女性459名、計918名)
実施期間:2017年1月12日(木)〜1月18日(水)
1.どのような企業に魅力を感じるか(複数回答)
2.働き方について気にしているポイント(複数回答)
調査結果
- 半数以上の学生:「長時間労働やサービス残業があるか」(59.9%)、「ブラック企業かどうか」(56.5%)を気にしている
- 3割以上:「結婚後の待遇、働き方を考慮してくれるか」(44.0%)、「時短・リモートワーク・副業OKなど柔軟な制度があるか」(30.5%)を気にしている。
- 「がむしゃらに働くことも厭わないので、特に気にしない」(11.8%)、「今は気にしないが、のちのちは働き方も重視したい」(16.0%)と回答した学生は少数派。
∟約6割が「長時間労働、サービス残業の有無」を重視
ブラック回避
②健康への影響等
- (公財)連合総合生活開発研究所(連合総研)
「勤労者短観」2016年11月
調査地域:全国
調査方法:インターネット調査
対象者:20歳~64歳
調査:定点・準定点(残業)・トピック(ブラック)
実施期間:2016年10月1日(土)〜6日(木)
回答者:約2000人(男性1124、女性876)
(回答)
- 過去6カ月間で長時間労働により体調を崩した経験
→1週間平均実働50~60時間→28.6%
→ 60時間超→36.7%
- 「残業代が(一部でも)払われなかった」:38.2%
- 「(賃金不払残業者中)申告する際に自分自身で調整した」:66.5%
その他
脳・心臓疾患にかかる労災支給決定件数(死亡。自死含まず) 年約100人(2009~15年)
- 就業者の脳血管疾患・心疾患等による死亡:年間約3万人
申告、認定されていない過労事例も相当数含まれていると思われる
→残業代請求ももちろん、辞職、最悪、人の死ないし重篤な疾病という重大な事象=会社の存亡に関わる
「残業代請求?」 「うちの会社は大丈夫」
残業代請求のハードルは非常に低く、他人事ではない
「年棒制は残業代込」「営業職は残業代がもらえない」という誤解に助けられている。
先ほどの社長)
- 「過労? 大企業の問題でしょう」「いやならやめておしまいでしょう」
- 「裁判まではしてこないでしょう」
- 「残業代をちゃんと支払ってたら会社がつぶれますよ」
- ∟そもそも応募してくれない(採用できない。有効求人倍率高止)
- たとえ入社しても少なくとも離職する(特に若手)
- ∟残業代請求のハードルは極めて低い
- ∟事件は会社の存亡にかかわる(賠償リスク、風評リスク)