運送業界における残業代請求とよくある事例
Ⅱ 残業代請求の紛争実態【運送業・ドライバー特有のリスクと対策】
1 運送業における労働時間規制の基本【残業代トラブル対策の前提】
運送業(トラックドライバー)における残業代請求問題を理解するためには、一般的な労働基準法に加え、業界特有の規制を正確に把握する必要があります。
(1)労働基準法等法令
(2)「改善基準告示」(自動車運転者の労働時間等の改善のための基準)
(3)適正把握ガイドライン(労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(平成29年改訂)
(1)労基法の原則 1日8時間、1週40時間(労基法32条)
- 36協定締結により時間外・休日労働が可能だが、限度基準あり。
(2)改善基準告示【ドライバー特有ルール】
運送業において極めて重要なのが、厚生労働省の「改善基準告示」です。
①拘束時間・休息時間
労働時間だけでなく「拘束時間」が基準となります。
②拘束時間の上限
- 原則:月293時間
- 労使協定により最大320時間まで延長可能です
③運転時間の制限
- 連続運転:4時間以内(途中に休憩が必要です)
- 1日の運転時間:2日平均で9時間以内
※フェリー利用・2人乗務・隔日勤務などの特例があります。

(3)適正把握ガイドライン(2017年1月改訂)
近年の残業代請求で争点となりやすいのが、このガイドラインです。
・趣旨
自己申告制の不適切な運用等に伴う、過重な長時間労働や割増賃
金の未払い問題への措置 (かつての4.6通達アップデート)
・適用範囲
事業所:労基法のうち労働時間規定が適用される全ての事業所
・改訂により「考え方」が新設された(新設)
①準備行為や後始末を事業所内において行った時間
②手待ち時間
③参加が義務付けられた研修等を労働時間として扱う
・講ずべき措置
労働時間の認定と把握を厳格化
実務上のポイント
「労働時間は管理しなければ守れない」という考え方(電通事件)
企業の労働時間管理義務が強く問われています。
2 よくある残業代請求【運送業】
・交通事故多数、荷主からもクレームが多い問題社員ドライバー。あまりに素行がわるいので、やむなく解雇したら、「解雇無効」といって労働審判で帰ってきた。しかも、「2年分の未払いの残業代も請求する」とのおみやげ持参。データも退職前に周到に入手済み。
・在職中のドライバー数名から突然、内容証明が届いた。そこには高額な請求額が記載されていた。だが、辞表を出す様子もなく、今日も普通に運転している。
・ドライバーの労働時間が何時間か、把握をしていない
・ドライバーにも残業代を払っているという説明だが、「何時間分」の残業代を支払っているかわからない
・ドライバーに残業手当を払っているという説明だが、どの手当か聞くと、「長距離手当」、「配送手当」、「特別手当」等となっている。
・休憩時間と待機時間の区別をしていない。
・うちの会社は完全歩合給なので残業代は発生しない(と思っている)
・うちの会社は「みなし労働制」だから残業代の未払いはない(と思っている)
Q 企業は「残業代請求問題」にどう対応すべきか(典型事例)
D従業員(ドライバー職)は、A社にドライバー職として入社し、東京営業所に所属し、トラック運転手として配送業務に従事していた。所定労働時間は、就業規則上は、厚労省のモデル就業規則例をそのまま採用しており、1週間40時間、1日8時間となっていた。給与明細は、基本給,無事故手当,精勤手当,職能給,成績給,職別給,特殊給及び臨時給となっている。Dは、先月末日付で自己都合で退社したが、「出庫時刻から帰庫時刻」から「休憩1時間」を引いた時間数が残業時間であるとして、未払い残業代を求める内容証明が代理人弁護士から届いた

3 会社側の防御方法 【残業代ブロックダイヤグラム(業種全般典型)】
残業代請求は、以下の計算式で争われます。
残業代 = 基礎単価 × 時間外労働時間 − 既払額
そのため、防御は主に以下の点に集中します。
(1)労働時間該当性の否定
①通勤時間
あまり議論は少ない(直行直帰含め)
②移動時間
原則的に議論は少ないはず(移動中の物品監視等(昭和23年3月17日基発第461号)。
③休憩時間 *待機時間 *仮眠時間
*大星ビル管理事件(最判平成14年2月28日):「労働を離れることを保障」
④自宅での待機時間
裁判官の心象風景:出勤し、審理し、判決書く(会社、自宅)
裁判官の裁判所での宿直(令状当番)
会社側:認否を行う上での観点
■労働と言いえても、指揮命令によるか疑義があるもの
①早出
「始業時間から就労指示」のが原則(激務でない限り、割と通りやすい)
②事前申請許可のない残業、休日出勤
・事前許可:本来、指揮命令に基づかないはずだが、厳格に運用していないと形骸化の指摘を受ける(そもそも、許可書が1枚もない)
・残業禁止命令(サンプル):具体的な残業禁止命令に反した就労について指揮命令下の労働時間性を否定(神代学園ほか事件(東京地判平成15.12.9)、神代学園ミューズ音楽院事件
実際の裁判所の判断は、業務量の過多、期限のある仕事かどうか(その日に行う必要があるか、就業開始後で足りるか)、成果物を業務使用していたか、知っていて黙認していたか、といった要素を重視している
■残業代請求のためには、「労働時間数」の立証が必要となる。
・オフィス系事業や内勤等では、一般に、タイムカード、ICカード、PCのログデータ、勤怠管理ソフトデータ等が提出される。時間管理がラフな会社などでは、タイムカード等がないことで(ほめられたことではないが)、労働者側が立証に難儀することもある。運輸・運送業)
・ただし、運送業の場合、タコメーター、タコグラフの他、業務日報、運転日報、社内無線、高速道路の使用履歴、アルコール検知記録等、他の業種に比べ、資料が多彩に揃えられることが多い。
抗弁①管理監督者
・そもそも深夜割増は除外されていない(反論とならない)
・裁判実務における要素
①事業主の経営に関する決定に参画し、労務管理に関する指揮監督権限
②自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有していること
③一般の従業員に比し、その地位と権限にふさわしい賃金上の処遇(基本給、手当、賞与等)
・著名事件日本マクドナルド事件(東京地判平20.1.28)
・裁判例でも肯定例に比べ否定例の方が圧倒的に多い。
∟残業代事案が「勝てない」と思われる一つの要因である。
・「プレーイングマネージャーかマネジメントオンリーか」(①、②)、待遇(残業代を支払わなくてよい程度の待遇か③)を究極的には重視
ドライバー職はまず不可(「リーダー」や「部長」「主任」等であっても)
抗弁②変形労働時間制
変形労働(1か月単位等)
一定期間(1か月等)につき、1週あたりの平均所定労働時間が法定労働時間を超えない範囲内で、法定労働時間を超えて労働させることを可能とする制度。
労働者の生活設計を損なわない範囲内で労働時間を弾力化する制度。
採用例も多く、効果的だが、あくまで、所定労働時間を超えた分は割増賃金の支払いを要するため、実労働時間の精査、差額支払いを要することには変わりはない。
そもそも労働時間の短縮を図ることを主たる目的とした制度であることに留意。
抗弁③みなし労働時間制
(1)事業場外労働(労基法38条の2)
・要件(1)労働者が労働時間の全部または一部について事業場の外で労働に従事したこと、(2)使用者が労働時間を算定し難いこと
・一般に、(2)の要件は非常にハードルが高く、阪急トラベルサポート事件最高裁判決(平成26年1月14日。ツアー添乗員)でも否定。肯定例は極めて限られる。
・運送業のドライバーの場合、適用基本不可
(2)裁量労働制
・導入の要件が厳しく、実務では積極的には利用されていない
抗弁④固定残業代
・労基法37条所定の計算方法に代わる定額支給。
Ex 「月額30万円の給与の中には割増賃金分5万円が含まれている」
・一定要件具備で有効
(最判平成29年7月7日医療法人社団康心会事件他)。
①定額残業代部分が、それ以外の賃金と明確に区分されていること
(「基本給に含む」)といった規定は不可
②定額残業代部分には、何時間分の残業代が含まれているか明確に定められていること
*+「③時間外労働が②を超えた場合、別途差額を支払うこと」を必要とする説もある(cfテックジャパン事件櫻井補足意見)
■これまで問題となった一例
「運行手当」(名古屋地判平成3年9月6日名鉄運輸事件)
・・・深夜労働せざるを得ない路線乗務員に限って支給されていたことや、就業規則において深夜勤務時間に対する割増賃金であることを明示していること等を考慮して有効(〇)
■まずは名称で議論を生まない設計が重要
<限界的事例>
「基本給30万円には、1か月20時間分の時間外労働分に対する固定残業代が含まれる」
(30万円-X)÷1か月の所定労働時間(ex164H)=1時間基礎単価(Y円)
Y円×20時間×1.25=X
・・・・Y=1587円、X=3万9675円
→計算式を明示・周知していたようなケースを除けばアウトの可能性
■メリット
①残業代請求に対する抗弁(既払いの抗弁)
②時給単価の減少
■デメリット
残業代の支払として有効性が認められないと、抗弁不成立(支払損)かつ時給単価増加というダブルパンチを受けるため、慎重に導入する必要がある。
・導入後も、「不足分の精算」を適切に行う必要がある
*近時の議論 残業時間数の上限
ホテル料理人において、36協定の上限(月45時間)を大幅に超える95時間分の時間外手当とした事例で公序良俗に反し無効とされた事例(ウィンザーホテルズインターナショナル事件札幌高判平成24年10月19日)
抗弁⑤消滅時効
・現状残業代請求は2年の時効にかかる。
・ただし、民法改正に伴い、今後は5年等に延長される可能性もありうる
・また、非常に悪質な場合、不法行為(時効は「知ってから3年」、知らない場合「20年」)を請求されるケースもある(不法行為まで認められるのは非常にまれ)
抗弁⑥反訴(反対債権)
・反撃的に、損害賠償請求を主張することもある。
・あらかじめ金額を規定しておくことは不可だが(労基法16条)、現実に労働者の責任により発生した損害賠償をすること自体は可能。
・経理申請の不正(不当利得)、現金横領などが発覚した場合は、強力な反論となることもある(「10円事件」)。
・営業損害などの主張は、そもそも行為や損害を立証できるか、ある程度責任があったとしても損害賠償の制限の法理による限定も。
・判例上、損害額の4分の1~2分の1(トラックの交通事故の事例で20~30%程度がせいぜい)がせいぜい。年収による下方修正(年収の2~3倍程度)も考慮されている。
抗弁⑦その他(和解済みの抗弁)
<実際の事例>
・任意交渉の中で、一方的に、一定額を「送金」したもの)
・「合意するなら受領してかまわない。合意に応じないなら1週間以内に返金」を条件とし、合意書同封で送付、送金した。
・裁判所:明示黙示の合意の有無を議論に乗った
<メリット・デメリット>
・デメリット:キャッシュ先行
・メリット:①訴訟へ踏み切るハードル(費用対効果)を下げる。特に集団の場合など ②付加金・労基署への影響
まとめ
残業代請求は、事後対応よりも制度設計の適法性が結果を左右する分野です。
特に運送業では、
・改善基準告示
・労働時間の適正把握
・固定残業代制度の適正設計
の3点が実務上の核心となります。
早期の制度整備こそが、最大のリスク対策といえます。
ぜひ、お早めにご相談ください。












